【壮絶】さとうさおりの生い立ちが分かるエピソード5選!貧乏生活からの叩き上げ!

【壮絶】さとうさおりの生い立ちが分かるエピソード5選!貧乏生活からの叩き上げ!

今、政界で注目を集めている「減税党」党首・佐藤沙織里(さとうさおり)さん。

35歳で公認会計士・税理士として独立し、そこから政界に飛び込んだ異色のキャリアを持つ佐藤さんですが、

実は、その裏に壮絶な過去がありました…!

今回は、そんな佐藤さんの生い立ちエピソードを、5つご紹介します。

目次

さとうさおり(佐藤沙織里)のwikiプロフィール

項目内容
名前佐藤 沙織里(さとう さおり)
生年月日1989年7月28日
年齢(2025年現在)35歳(2025年6月現在)
出身地茨城県
血液型不明
資格公認会計士、税理士
好きな食べ物
趣味古地図の収集

さとうさおりの生い立ちが分かるエピソード5選!

① ネズミが走る家で育った少女時代

さとうさんは、自営業の父(職業は不明)と介護士の母のもとに生まれました。

両親はともに横浜出身でしたが、母方の祖母に連れられて茨城に移り住んだそうです。

実家の世帯年収は200万円という、かなり厳しい経済状況。

持ち家ではあったものの修繕もままならず、4人兄弟で暮らす家庭にはネズミが走り回っていたといいます。

典型的な子沢山貧乏家族”だったと、本人は語っています。

「家の中をネズミが走ってた」

「食料は、海で貝を採るか山でキノコを採るか」

と、まるで現代の日本とは思えないような生活を送っていたのだそう。

医師になるのが夢だった彼女に、母親はこう言いました。

お金がかかるからダメ、金銭面的にいい看護師だったらいいよ

ですがそんな貧しい暮らしの中でも、さとうさんは非常にたくましく育ちました。

その背景には、通っていた幼稚園で女の子がたった3人しかいなかったという事情も。

男の子に囲まれて育ったことで、自然と“男勝りな性格”が身についたのだそうです。

② 徒歩で通える高校しか選べなかった

高校進学の際、さとうさんは行きたかった看護学校が自宅から30キロほど離れていたため、バス代を払えず、自転車での通学も現実的ではないと判断し、志望校を断念

徒歩で通える偏差値40ほどの地元公立高校を選びました。

それでも彼女は学年トップの成績を収め、防衛大学校からスカウトが届きます。

入学金や授業料が無料で、毎月の手当も支給される防衛医科大学校への進学を希望しましたが、体重基準を満たせず、受験を断念することになりました

防衛医大では「身長と均衡の取れた体重」が合格基準とされており、

(例)女性の場合、身長155cmなら体重は44〜62kgの範囲

さとうさんは当時身長167cm、体重43kgでした。

どうやっても増えない。決して学力が足りなかったわけじゃない。体重が足りなかった。そういうことにしておこう。

その後、大学進学も経済的な理由から断念しています。

③ 15歳で東京に出稼ぎアルバイト

高校時代のさとうさんは、家計を支えるためにさまざまなアルバイトをしていました。

時給700円ほどのガソリンスタンドやコンビニの仕事に加え、もっと稼ぎたい一心で東京に出稼ぎに出て、謎のユニットを組むことに

「お前は島田紳助だ。みんなを笑わせるのが仕事だ」

と言われ、おじさまたちの前で謎のトークショーを開催し、ネタを披露して報酬をもらっていたそうです。

ちなみに相方は「お前は明石家さんまだ」と言われていたとか。

2週間に一度、2〜3時間ほどのトークショーを行い、1回あたりの報酬は5,000円。

「はるな愛のモノマネショー」なども披露していたそうです。

この頃からすでに、“人前で話す力”と“稼ぐセンス”が育まれていたのかもしれませんね。

高校卒業と同時にコンビは自然解散し、その後入社した飲食系コンサル企業では、月500時間以上も働き続け、ついに体を壊してしまいます…。

そんな危機感から、23歳で一念発起し体を使わない、頭だけを使う仕事として会計士を志すことになりました。

ここが人生のターニングポイントだったんだね

④ 公認会計士を取得

23歳のとき、公認会計士を目指して本格的に勉強をスタートしたさとうさんは、猛勉強の末、26歳で見事に資格を取得しました。

公認会計士の試験は難関として知られており、近年の合格率はおよそ7〜12%と、非常に狭き門になっています。

東大生でも難しいんだって!

その後、2016年に有限責任監査法人トーマツに入社し、監査の仕事を通じてキャリアをスタートさせました。

2019年にはデロイトトーマツ税理士法人へと転職し、富裕層の方々を対象にした税務業務に携わります。

さまざまな経営者と出会う中で、「ビジネスを通じて社会の役に立ちたい」という気持ちが徐々に芽生えていきました。

ただ、そこで待っていたのは予想以上に厳しい職場環境でした…。

中には、働きすぎで命を落としてしまった上司もいたそうです。

そうした現実に直面しながらも、30歳で独立を決意

2020年、「佐藤沙織里公認会計士事務所」と「佐藤沙織里税理士事務所」を立ち上げ、いよいよ自分の信じる道を歩き始めました。

⑤政界へ進出

さとうさんは20代の頃から「あなたは政治家向きだね」と周囲に言われ続けてきたそうです。

複数の政党から声がかかる中でも、自由な発言ができる環境を求め、2022年には『政治家女子48党』に参加し、政治の世界へ本格的に足を踏み入れます。

その後、NHK党での活動を経て、自身の政治団体『さ党』(現在の減税党)を立ち上げました。

掲げる政策の柱は、名前の通り「減税」です。

特に千代田区長選では、区そのものを「減税特区」にする構想を打ち出し、区民税の10%引き下げや、自身の給与70%カットといった、具体的な数値をもとに提案を行いました。

経済的な苦労があったからこその政策なのかもしれませんね。

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